検索、ファイル、メタ情報、web、共有

コンピュータ内のファイルのキーワード検索が注目されているが、的確なキーワードを必要とするしlinkのようなランキングが難しい。情報の探索ではなく情報の管理をかんがえると十分な機能でない。もっと人間の思考に近いような検索を実現していかないとデータ管理ができなくなってしまう。たぶん、ファイルの種類、時間や作成時に同時に開いていたファイル、内容が似ているファイルなどを関連づけて望むように提供できなければユ−ザーは引っ掛かりを覚えるだろう。
ファイル自身に明示されてないので実現の為には、検索エンジンは独自の情報として自動記録する事になる。このような情報はファイルそのもの情報と言うよりファイルと他の情報の関係を示すメタ情報としての性質が強いだろう。これらは情報の集団に関しての記載であるから、そこからメタ情報を切り離すことは困難になる。このため、ファイルを移動することは検索情報を捨てる必要が出てくる。検索を利用しなければ利用が困難な多数のデータにおいて、こうした移動は無意味なものになるだろう。人間が行うにしてもコンピュータが行うにしても、新しい情報集団に関連付けながら取り込める程度のファイル(人間なら数、コンピュータなら種類)に制限される。
また検索エンジン側から言っても検索速度を考えるとファイルとメタ情報は独立して管理して必要があるから、ファイルの移動ごとにメタ情報のやり取りをするシステムをつくるのは大変だ。
今後のコンピュータではメタ情報が増えてくるのは確実だけれど、これに伴ってデータを移動するするのが困難になる。というかデータを丸ごと移動するような方法が最善の方法になるだろう。Vistaでは簡単にバックアップやコンピュータの移行ができるようになっているだろうか?情報が無い。複数のコンピュータを利用している場合は更にメタ情報の管理が困難になる。システムやユーザー情報を加える必要がでてくるのか?データの移動と管理のコストが高くなるのだったら、オンラインでファイルを管理し移動しない方法が合理的になるだろう。データ保存の安全性や検索の質でオンラインストレージに利点が出てくる。GoogleOSの話題が何度も出てくるけど、たしかに検索エンジンとしては理想の環境だろうな。
さて話が一気に大きくなるけど、人によらいないメタ情報が作られてくると個人の情報が個人の管理内に収まらなくなる。たとえば、写真にたまたま自分が写った場合に私の写真と関連付けられて、自分で情報を管理できない部分に自分の情報が載ることになる。また、自分のファイルを何らかの理由で削除してもメタ情報は残るし、どのような情報が残っているのか想像もつかない。この情報は私の管理している情報より正確に私を示しているので、検索エンジンにとっては有用であるから破棄されない。個人のプライバシーと考える範囲を超えてしまうが、これは実世界で私として考えられている情報に近いだろう、見晴らしが良すぎるけど。著作権の問題と同じように技術が発達すれば、どこまで検索可能とするかをめぐってリアルとの対立が起こりそうだ。
人ごとの情報格差が技術によって起こることが多かったけど、権利の概念の違いから情報技術を拒否する人も増えてくるのでないだろうか?慣れで済ませないような差になりそうな気がする。