狼と香辛料(支倉 凍砂)

 新人の作品を1つ選んで読んだ。神とも呼ばれる長寿の狼と若手の商人という人物の組み合わせが面白い。麦の穂を狼の尾に見た立てて狼神が麦の穂に宿り豊作をもたらすとされる所など、とても自然で実際にそんな信仰があってもおかしくない。セリフがまわし気が利いていて、会話がとても面白い。互いに好きあっているのは理解しながら、大胆な発言をしてみたり、逆にじらしてみたり駆け引きを楽しんでいる。狼の娘は齢うん百年の経験を生かして商人を手玉にとろうとするが、駆け出しとはいえ交渉には自信のある商人も簡単には白旗をあげない。狼もポロッと心情を口に出してしまったりして可愛らしいし、本当は細かくアドバイスしたい所だろうが商売については良くしらないので、おばあちゃんの知恵袋的なアドバイスになってしまうのも可笑しい。
 この二人が出会ったのは、商人が収穫祭のときに偶然にも麦の穂を持っていたからだけど、商人がこの村の麦を高く評価していた事も原因かもしれない。村の麦を守り続けていた狼は、近代化とともに必要とされなくなって逆に旧弊として疎まれつつあった。ならば少しでも評価して暮れる商人について村を出て行く気になっても不思議でない。
 ところで、この物語の世界はどのようになっているのだろう。中世から近代に向かう直前のちょうど1800年ころのドイツのような中心からちょっと外れた地域のような気がする。貨幣経済は既にめざめ流通が発達し、人間の智によって世界を切り開こうとし、一方で旧来の体制が力を弱めつつある。若い商人は時代の申し子のような存在で、狼は取り残されつつある神格だ。この二人が仲良くやっていっているのが面白い。商人は狼を神格として扱わずに人格として扱い会話して存在を認める。狼もそのように個として認められる事を喜ぶ。交われない部分を持ちながら互いの必要とする姿勢がはっきりしている。この世界は変化のまっさい中であちこちに新旧の対立があるだろう。そのなかでこの2人の旅は魅力的に見えると思う。後半ストーリーにメリハリがなくて残念だったけど、おもしろい2人組みを作ったと思う。意外と楽しめた作品だった。